エピソード集


大人の意地

今回の旅行で思いっきり堪能したもの。
それはきっと温泉とお酒とトランプではないでしょうか。
特にトランプでは「ナポレオン」と「うすのろまぬけ」。
「ナポレオン」は、その勘所をつかみきれない人が約3名。
作戦とか戦略などというレベルとは程遠く、首をひねりながら自信無さげにカードを切り「え?何でそんなカードをきるの?」と野次られることをひたすら恐れつつ参加していていた人のことです。まあ、その一人は私なんですが。
いつになく大人の雰囲気に満ちた旅行でした。
いつもの旅行と違って、静かなのは賑やかな折田家と有吉家が不参加のせいでしょう。
そんな中、町田治輝君は元気いっぱいに不参加の人の分まで騒いでくれているような印象でした。 みんなが自分に注目しないと気に入らないみたいで「ねえ、ねえ聞いて!」を連発していました。
そんな夜のひとコマです。
「じゃ、次は『うすのろまぬけ』をやろうか」という提案に僕は内心ホッとしました。
なにしろ『ナポレオン』はよくわからないのです。
若い頃にならした人にはとても太刀打ちできるものじゃありませんから。
その点、『うすのろまぬけ』なら戦略なんてありませんからね。(『いや、戦略はあるよ』と山本さんの声が聞こえてきそうですが…その話はまたあとで)
「じゃ、治輝。歯を磨いて寝なさい!」と父町田が言いました。
「いやだよ。僕もトランプする!」と治輝は反発します。
「じゃあ、一回やって負けたら寝なさいよ」という言葉に
「いやだよ。負けたら止めない。絶対止めないからね!」と毒づく治輝。
「まあ、とにかく一回やってみようよ」ということになりゲームは始まりました。
車座になった皆の真ん中には人数より一つ少ない飴玉が7つ並べられました。
そして、トランプを配り始める頃には水を打ったような静けさが部屋を支配しました。
「いっせーのせ!」とカードを廻すたびに高まる緊張感。
そして突然、「キャー」という叫びとともに四方八方から伸びてくる腕腕腕。
今まで治輝の周りに居た物静かな大人達はいつしか阿修羅と化し必死の形相で息を荒げて飴玉を掴んでいました。
「なに?これ。なんか胸がドキドキするよ。怖いよ!」とおののく治輝。
治輝の声をきっかけに我に返る阿修羅達。元の穏やかな大人の形相に戻りつつ
「じゃ、もう一回やってみようか。ちゃんと周りをみていないとだめだよ〜」
そして、同じく悪魔の儀式は繰り返されました。
カードを配る間の妙な静けさに異様な殺気を感じる治輝。
「え?なに?なんか胸がドキドキするよ!」
「いっせーのせ!」の号令が数回繰り返された次の瞬間
「キャー」の叫び声を合図に阿修羅達の腕が伸びてきます。
「うわー。もうやだ!もう向こうに行く!」と母の元へ一目散の治輝。
「ちゃんと、歯磨いて寝ろよ!」というカトちゃんばりの父の言葉に
「やだよ!磨くもんか!」と最後の毒を吐いて去る治輝でした。
彼が去った後、
「ああ、よかった〜、負けたらどうしようかと思ったあ」という のんちゃんの言葉には、大人の意地とプライドが守られたことに対する一同の共感と安堵が象徴されていました。

次のエピソード
【目次へ戻る】